教員の湯村が、情報処理学会誌「情報処理」Vol.64 No.8 の特集「○○×情報処理」にて、「雪×情報処理」を執筆しました。

情報処理学会著作権規程 第5条 5.「著作者は、投稿した論文等について本学会の出版物発行前後にかかわらず、いつでも著作者個人のWebサイト(著作者所属組織のサイトを含む。以下同じ。)において自ら創作した著作物を掲載することができる。」に基づき、原稿の内容を掲載します。


 北海道では毎年たくさんの雪が降ります.特に私がいま住んでいる札幌市は,人口が200万人近い大都市ですが豪雪地域となっており,この規模の都市でこれほど雪が降ることは世界でも他に類を見ません.現在,情報処理技術は我々の生活にとけこんでいます.もちろん雪国でもその事実は変わらないのですが,その活用方法には雪国ならではの要素があります.雪のない場所で使用されている技術が,雪がある場所では使えない場合があります.また,雪は生活に大きな困難をもたらすものですが,その課題の解決のために情報処理技術も活用されています.本記事で紹介する事例を通じて,雪と情報処理の関係を垣間見ていただければと思います.

 雪がもたらす最も大きな課題のひとつが除雪です.人力で自宅や職場を除雪することも必要ですが,札幌のような雪がたくさん降る地域では,冬の夜中に毎日のように除雪車が稼働し,市中の道路を除雪します.現在では多くの除雪車にはGPSが積まれ,除雪車の位置情報は運行状況や作業履歴の記録に役立てられます.そのデータを市民が閲覧できる地域もあり,秋田県秋田市の「除雪作業車両追跡MAP」や福島県会津若松市の「除雪車ナビ」がWebサービスとして公開されています.また,除雪の支援にも,情報処理技術が使われます.高速道路での除雪作業において準天頂衛星システムみちびきを活用した除雪支援システムが研究開発され,福島県昭和村では5G回線を活用した除雪車遠隔運転の実証実験が実施されました.

 雪のある場所では使用できない情報処理技術を,別の情報処理技術で補うこともあります.コインパーキングで現在最も一般的な方式が,地面に跳ね上げ式のフラップ板を設置するというものです.しかし,この方式は,冬に地面が雪に覆われてしまう雪国では使用することができません.代わりに,カメラやセンサで駐車を認識するフラップレス方式の駐車場が普及し,雪国での一般的な方法となっています.

 雪は,困難だけではなく,楽しみももたらしてくれます.雪像づくりは,雪を使った古くからあるエンタテインメントのひとつで,さっぽろ雪まつりは多数の観光客が押し寄せる一大イベントです.その雪まつりで近年名物になっているのが,雪像へのプロジェクションマッピングです(図1).雪像は白いため投影しやすく,自由に造形できるため,プロジェクションマッピングとは非常に相性がよく,雪像鑑賞の楽しみを広げます.ただし,建造物などへのプロジェクションマッピングと違って,雪像は雪の重みや融解によって日々変形するため,毎日微調整する必要があるという大変さもあります.また,観覧時のみならず,雪像制作時にもプロジェクションマッピングを活用することで作業を支援するという使われ方もしています.

snow1 図1 さっぽろ雪まつりのプロジェクションマッピング

 スキーやスノーボードなどのウインタースポーツも雪の恩恵のひとつで,これらも情報処理技術によってさらなる楽しみ方ができるようになっています.AIスマートスキーシステムSnowcookieは,スキー板にセンサを貼り付けることで滑走に関するデータを記録し,滑走速度やターンなどの滑走情報をスマートフォンアプリで見ることができます.SAVREQは,スキー場に設置されたカメラが自動で撮影し,自身の滑りを振り返ることができるサービスです.動画を利用してスキーのオンラインレッスンを受講することもできます.SKIDAY CAMは,スキー場のゲレンデの様子をモニタリングするサービスで,スキー場に行く前にゲレンデのコンディションを確認することができます.撮影データの送信にLTE通信を用いることで,カメラのケーブルレス化を実現し,カメラの設置がしやすくなりました.

 3年に1度開催される札幌国際芸術祭を支える実験的なプロジェクトを行うSIAFラボでは,雪をアートに活用する様々な試みを行っています.≪札幌のかたち(除雪車のGPS測位データによる素描)≫は,先述した除雪車のGPSデータを用い,その軌跡を全て描画することによって,札幌のかたちを示した作品です.全体像をみると非常に綺麗な道路地図が描画されているように見えますが(図2左),詳細をみると線の1本1本にはゆらぎがあり,除雪作業の様子が細かく表現されています(図2右).また,作品には右上から左下に伸びる斜線が多数引かれています.これは,GPS測位が失敗した際の緯度経度がともに0となるためです.その他にも,つららを造形する≪回転式巨大氷柱造形装置≫,雪堆積場を3分間隔で半年間定点観測した写真を並べた≪雪山のかたちと地球の公転軌道≫など,SIAFラボでは様々な試みが行われています.

 雪国での生活には苦労が尽きませんが,情報処理技術は課題解決の一役を担い,さらには雪がもたらす楽しみの可能性を広げています.冬に雪国を訪れる際は,そこで使われている情報処理技術に注目してみてください.

snow2 図2 ≪札幌のかたち(除雪車のGPS測位データによる素描)≫(筆者撮影)


ここに掲載した著作物の利用に関する注意:本著作物の著作権は情報処理学会に帰属します。本著作物は著作権者である情報処理学会の許可のもとに掲載するものです。ご利用に当たっては「著作権法」ならびに「情報処理学会倫理綱領」に従うことをお願いいたします。